熊本地方裁判所 昭和25年(ワ)476号 判決
原告 江口謙造
被告 宮崎五郎 外三名
一、主 文
別紙目録<省略>記載物件につき、
被告宮崎五郎は昭和二十四年五月十八日熊本地方法務局(元熊本司法事務局)受付第三一二〇号を以てなされた同被告より被告吉川正明に対する昭和二十四年四月二十五日設定契約による貸付元金八十三万二千円、弁済期同年五月三十一日、利息年一割、利息支払期毎月二十五日、若し右利息の支払を遅滞した場合は期限の利益を失う約定の抵当権設定登記、
被告森康信は昭和二十四年五月十八日同局受付第三一二一号を以てなされた同被告が被告宮崎五郎より同月十七日前項の抵当権を債権と共に取得した旨の抵当権取得登記、
被告松尾定は昭和二十四年五月二十六日同局受付第三三一六号を以てなされた同被告が被告森康信より同月二十三日前項の抵当権を債権と共に取得した旨の抵当権取得登記、
の各抹消登記手続を原告に対して為せ。
被告吉川正明に対する原告の請求及び被告宮崎五郎同森康信に対する原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用中被告吉川正明との間に生じた分は原告の負担とし、その余は被告宮崎五郎、同森康信及び同松尾定の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「別紙目録記載物件につき、被告吉川正明及び同宮崎五郎は昭和二十四年五月十八日熊本地方法務局(元熊本司法事務局、以下単に熊本地方法務局と称する。)受付第三一二〇号を以てなされた被告宮崎五郎より同吉川正明に対する昭和二十四年四月二十五日設定契約による貸付元金八十三万二千円、弁済期同年五月三十一日、利息年一割、利息支払期毎月二十五日、若し右利息の支払を遅滞した場合は期限の利益を失う約定の抵当権設定登記、被告宮崎五郎及び同森康信は昭和二十四年五月十八日同局受付第三一二一号を以てなされた同月十七日右債権及び抵当権の譲渡に因る譲渡人被告宮崎五郎譲受人被告森康信間の抵当権譲渡登記、被告森康信及び同松尾定は昭和二十四年五月二十六日同局受付第三三一六号を以てなされた同月二十三日右債権及び抵当権の譲渡に因る譲渡人被告森康信譲受人被告松尾定間の抵当権譲渡登記の各抹消登記手続を原告に対して為せ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求めその請求原因として、被告宮崎五郎は先に訴外崎山克己及び同坂本厚雄と共に三名共同で、訴外高木津多より同訴外人所有の別紙目録記載物件を買受け共有となしたが、同被告等は其の頃被告吉川正明から金融上の便宜を受ける関係上、右物件の所有名義はこれを訴外高木津多より直接同被告に移転することに右関係者間の了解成立し、昭和二十四年三月十一日熊本地方法務局受付第一五一〇号を以て同月九日訴外高木津多より被告吉川正明に対する売買に因る所有権移転登記手続を経由した。一方原告は同月十日同被告に対し金六十万円を、弁済期同年八月二十五日、利息年一割、利息支払期毎月二十五日、若し右利息支払を遅滞すれば弁済期限の利益を失う約定で貸付け、右債権担保のため同被告所有名義の本件別紙目録記載不動産上に抵当権を設定し、これが登記手続をなすため該物件の売買登記済証等を同被告から受領していたので、安心して右登記手続をしばらく其の儘留保していたところ、その後不法にも、同被告は其の頃被告宮崎五郎と共謀し、実際には何等金銭の授受をしないにもかかわらず同年四月二十五日被告宮崎五郎より元金八十三万二千円を弁済期昭和二十四年五月三十一日、利息年一割、利息支払期毎月二十五日、若し右利息支払を遅滞すれば弁済期限の利益を失う約定により借受けた如く仮装し、右債権担保のため本件不動産上に架空の抵当権を設定し、登記義務者に人違なき旨の保証書を以て権利証に代え、同年五月十八日熊本地方法務局受付第三一二〇号を以て、同年四月二十五日附設定契約による右抵当権の設定登記手続を経由し、被告森康信は昭和二十四年五月十七日右債権及び抵当権を何等代償を授受した事実がなく、従つて真実譲渡の事実がないのに被告宮崎五郎より譲受けた如く装い、同月十八日熊本地方法務局受付第三一二一号を以て右抵当権取得登記手続を経由するに至つたことが判明したので、原告も驚き急遽別紙目録記載物件につき前記登記済証により昭和二十四年五月二十四日熊本地方法務局受付第三二六九号を以て適法に自己の前記抵当権の設定登記手続を行つた。然るに被告松尾定は前同様何等代償の授受がなく、従つて真実譲渡の事実がないのに、昭和二十四年五月二十三日更に被告森康信より前記債権及び抵当権を譲受けた如く装い、同月二十六日熊本地方法務局受付第三三一六号を以て右抵当権取得登記手続を経由した上、同年六月四日熊本地方裁判所に対し右抵当権実行による競売の申立をなした結果、同月十四日同庁(ケ)第一二号事件として不動産競売開始決定が為された。しかし被告等の叙上の抵当権設定及び取得の各登記は、いずれも原告の抵当権実行を妨害するため故意に行つた、通謀による虚偽の意思表示によるもので、すべて無効と云うべきである。従つて被告等は原告に対し各自の為した前記各登記をいずれも抹消すべき義務がある。よつて原告は右競売開始決定に早速異議を申立てると共に被告等の前記抵当権に関する各登記につき抹消登記手続を求めるため本訴請求に及んだ旨陳述した。<立証省略>
被告宮崎五郎及び同松尾定訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、
被告宮崎五郎の答弁として、原告主張事実中別紙目録記載物件が元被告宮崎五郎及び訴外崎山克己同坂本厚雄の共有であつたこと被告宮崎五郎が右物件につき被告吉川正明より原告主張の如き抵当権設定登記を受け、該抵当権を被告森康信に対し譲渡した旨の移転登記が為されていることは認めるが、被告吉川正明が右物件につき所有権取得登記をなすに至つた事情が原告主張の如くなること並びに右抵当権設定及びその譲渡が虚偽無効なることは否認し、その余の事実は知らない。別紙目録記載物件は元訴外崎山克己、同坂本厚雄及び被告宮崎五郎の共有に属していたところ、これを同被告が代表して代金八十三万二千円を以て被告吉川正明に売却したが、被告吉川は右代金を支払うことができなかつたので、右代金債権を準消費貸借に改め、且つ右債権担保のため本件不動産上に前記の如き抵当権を設定したものである。従つて右抵当権は決して虚偽無効のものではなく、何等これを抹消すべき理由がない旨、
被告松尾定の答弁として、原告主張事実中同被告が被告森康信から原告主張の如き債権及び抵当権譲受の登記手続を経由したことは認めるが、右債権及び抵当権が虚偽無効なることは否認し、その余の事実は知らない。被告松尾定は右譲受につき金五十五万円及び手数料名義で譲受債権八十三万二千円の一割に相当する金員を被告森康信に支払い残金は抵当権実行の後支払う約定をなし、善意に該抵当権を譲受けたものである。従つてこれらの権利が有効のものであること云うまでもない旨、
夫々陳述した。<立証省略>
被告森康信は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中、別紙目録記載物件につき登記簿上その主張の如き同被告の抵当権の譲受及び譲渡に関する登載がなされていること及びこれらが仮装のものであることは認めるが、右は同被告不知の間に妹壻が同被告の印鑑を濫用して擅に行つたものである。尤も同被告は後日これを知つて追認した旨述べた。
被告吉川正明は公示送達により適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、且つ答弁書その他準備書面の提出をなさなかつた。
三、理 由
公文書であるから真正に成立したものと推定する甲第一号証の一、二、三によつて、別紙目録記載物件につき熊本地方法務局昭和二十四年三月十一日受付第一五一〇号を以て被告吉川正明が訴外高木津多より同月九日売買に因り所有権を取得した旨の登記、同局昭和二十四年五月十八日受付第三一二〇号を以て被告宮崎五郎より同吉川正明に対する昭和二十四年四月二十五日貸付の元金八十三万二千円、弁済期同年五月三十一日、利息年一割、利息支払期毎月二十五日、若し右利息の支払を遅滞した場合は期限の利益を失う約定の債権担保のためにする抵当権設定登記、同局昭和二十四年五月十八日受付第三一二一号を以て被告森康信が同月十七日被告宮崎五郎より右抵当権を債権と共に取得した旨の抵当権取得登記、同局昭和二十四年五月二十六日受付第三三一六号を以て被告松尾定が被告森康信より同月二十三日右抵当権を債権と共に取得した旨の抵当権取得登記の各登載が為されていることが明瞭である。又前記甲号各証に前同様いずれもその真正の成立を推定する甲第六号証の一乃至五及び十七、乙第九号証、同第十号証、同第十四号証、同第十六号証、同第十八号証、同第十九号証、同第二十一号証、同第二十九号証を綜合すれば、被告宮崎五郎、訴外崎山克己及び同坂本厚雄の三名は有楽百貨店を経営する目的で、昭和二十四年三月上旬頃訴外高木津多から同訴外人所有の別紙目録記載物件を共同で金八十万円を以て買受け、内金二十万円を支払つたが、残代金中金四十万円は同年三月十五日、金二十万円は同年四月二十九日夫々支払う約定をしたが、同被告等が其の頃予定していた本件不動産の賃貸料さえ思う様に集金できない上他に自らの手で金策ができなかつたところから、遂に予て知合の被告吉川正明に金策を依頼し便宜其の頃本件不動産の所有名義はこれを同被告とし、右所有権移転登記手続は訴外高木津多より中間を省略し直接同被告に対し行うことに、同訴外人を含む関係者全員間に合意成立し、前記被告吉川正明に於て所有権を取得した旨の登記手続を経由したこと及び、原告が同被告等から懇請せられて昭和二十四年三月十日被告吉川正明に対し金六十万円を弁済期同年八月二十五日、利息年一割、利息支払期毎月二十五日、若し右利息の支払を遅滞の場合は期限の利益を失う約定で貸付け、右債権担保のため別紙目録記載物件上に抵当権の設定を受けた事実を肯認するに足り、右認定に反する証人坂本厚雄の証言は前記各証拠との対照上直ちに措信し難く他に右認定を左右する証拠はない。従つて本件不動産の所有権は前記共有者等より被告吉川正明に信託的に譲渡せられたものと解すべきであるから右信託関係に対し第三者の立場に立つ原告に対し同被告がなした前記抵当権の設定も亦有効になされたと云うべきである。そこで進んで被告等の前記抵当権の設定及び移転の各登記が果して仮装の登記原因に基くものであるか否かにつき判断すれば、前記甲第一号証の一、二、三、同第六号証の一乃至五、乙第十号証に、前同様いずれも真正の成立を認める甲第六号証の七、八、乙第十一号証、同第十五号証、同第二十号証、同第二十四号証、同第二十六号証を綜合すれば、訴外坂本厚雄は右原告の抵当権実行により将来本件不動産を喪うことを虞れ、且つ従来百貨店経営上諸方から負担した自己の債務につき、債権者等のため支払を担保する趣旨を以て、一旦被告吉川正明等と共謀し、同訴外人においてその義兄に当る被告森康信名義で、本件不動産上に被告吉川正明に対する金八十三万二千円の仮装の債権につき抵当権を設定し、昭和二十四年三月十九日熊本地方法務局受付第一六八九号による右抵当権設定登記を経由したが、後被告宮崎五郎及び同吉川正明の両名は、関係書類を偽造し、擅に同年四月二十五日同局受付第二五九〇号を以て被告森康信の抛棄に因る右抵当権抹消登記をなしたばかりか、同年四月二十七日同局受付第二六六九号により、被告宮崎五郎の同吉川正明に対する同月二十五日貸付金百五十万円の仮装債権につき、抵当権設定登記の仮登記をなすに至つたこと、よつて訴外坂本厚雄はこれに憤慨し、被告宮崎五郎及び同吉川正明両名を熊本地方検察庁に私文書偽造詐欺等の罪名で告訴する一方、被告森康信名義で両被告を相手とし、熊本地方裁判所に前記抹消に係る被告森康信の抵当権設定登記の回復並びに被告宮崎五郎の右抵当権設定登記の仮登記抹消請求訴訟を提起したが、間もなく同訴外人と両被告間に和解が成立し、同訴外人が右告訴及び訴訟を取下げる代りに、同訴外人に対して右被告等は先に抹消した被告森康信名義の前記抵当権設定登記の事実上の回復に協力することとし、先づ被告吉川正明及び同宮崎五郎において本件不動産上に、被告宮崎五郎の同吉川正明に対する昭和二十四年四月二十五日貸付元金八十三万二千円、弁済期同年五月三十一日、利息年一割、利息支払期毎月二十五日、若し右利息支払を遅滞した場合には右期限の利益を失う旨の約定の仮装の債権につき抵当権を設定し、次いで右債権及び抵当権をいずれも昭和二十四年五月十七日被告宮崎五郎より同森康信に譲渡した如く装ひ、順次前記登記手続を経由したが、被告森康信は予て本件不動産を自己名義とすることには快く思つていなかつた関係上、訴外坂本厚雄はその叔父に当る被告松尾定とも相通じ、昭和二十四年五月二十三日右債権及び抵当権を更に同被告に譲渡した如く装い、前記抵当権移転の登記手続を経由した事実を窺うに足る。被告松尾定は右債権及び抵当権を善意で譲受けた旨、被告宮崎五郎はその設定した抵当権は真実の準消費貸借による債権担保のためであつた旨夫々主張するが、被告松尾定の右主張に副う乙第一、二号証、同第十二号証、同第十三号証、同第三十二号証は、これらを前記乙第十一号証、同第二十号証及び前記の如く同被告及び被告森康信が訴外坂本厚雄と互に親族関係に在つた事実と綜合して考察すれば、いずれも到底措信し難く、又右宮崎五郎の主張事実を肯認する何等の資料もないのであつて、結局これらの主張を認めて前段の認定を覆すに足る証拠はない。して見れば叙上の事実に徴し被告等の前記抵当権の設定及び移転は、いずれも被告等の通謀による虚偽且つ悪意の意思表示によつたもので当然無効である。従つて前記被告等の各登記はすべて抹消すべきものと云うべきであるが、元来抵当権の設定又は移転登記の当事者以外の第三者が、該権利の無効を主張してその抹消登記を求める場合においては、右抹消登記の登記権利者はその抹消を求める右第三者で、一方その登記義務者は登記簿上の登記権利者のみであると解するのが相当で、抵当権設定又は移転の登記義務者が直ちに右抹消登記についても亦当然に登記義務者となるとは云い難い。そこで被告等のなした前記各登記の抹消登記義務者は、夫々の登記権利者としての被告宮崎五郎、同森康信及び同松尾定であつて、被告等が抵当権設定又は移転の登記義務者として関与した登記に関しては、被告等を以て直ちに該抹消登記の義務者とは云い難い。よつて原告の本訴請求中被告等が右抵当権設定又は移転の登記権利者として関与した登記に関しこれが抹消登記を求める部分は正当であるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条及び第九十三条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 池畑祐治)